2013年8月6日火曜日

和譲

島根二日間の旅へ行ってきました。

今年は史上初とも言われる出雲と伊勢の同時遷宮の年。
陰と陽、裏と表、イザナミとイザナギ
日本のエネルギーがひっくり返り、時代が大きく変わっていく年です。

島根への旅は本当に出会いと学びに満ちた旅でした。
ご縁結びの出雲では、

「出会う全てがご縁である」

と書かれていました。
まさしくこの世には出会いしかなく、一つ一つの出会いからどんな関係性を構築していくか、
その編集デザインした結果が人生であり、出会いと関係性のアートと言えるのではないでしょうか。

今回一番心に残った言葉が「和譲」です。

「和」ー聖徳太子の「和をもって貴しとなす」
「譲」ー二宮尊徳の「推譲」
上記を組み合わせた造語ですが、ここから更に、
和諧、オウトピア、スマートパワーといった理念が生まれたことを契機に、
小松電気産業株式会社の代表であり、人間自然科学研究所の理事長の小松昭夫氏が、述べておられるのは、
3つのソフトパワー(感情を加味した知恵、使命感、会話力)と2つのハードパワー(集団組織力、道理を実現するための方便)を、全体の文脈の中で統合することから生まれる「社会を変える力」が「和譲」である、と言っておられます。

18世紀にイギリスで産業革命が起きたことを機に、今まではハードパワーが主力の文化・文明でした。
これからはその裏付けとしてソフトパワーの開花が起きます。
そして双方の力が融合し表裏一体となった時、新しい時代を創るスマートパワー「和譲」が生まれるのです。
これが可能なのは日本しかないと私は確信しています。
究極のソフトパワーである「和」の精神が根付いている日本。
西洋のハードパワーを受け入れる包容力、寛容力を持ち、
かつ今まで人類が積み重ねてきた固定観念を切る勇気を持っています。
日本から「和譲」が発動した時、時代の次元が変わります。

今、世の中にはあらゆる問題が蔓延しています。
生きる意味の喪失、自己価値の低下、心身の病気、共同代の崩壊、産業廃棄物の問題、環境破壊、格差社会、等々。
特に先進国共通である、雇用問題、少子高齢化の問題は、今と同じ次元の政策、経営をしていても決して改善しません。

今までにない全く新しい素材、道具、技術が必要です。

そこから未来価値が生まれ、未来産業、未来経済が発動します。
多くの人々がこの必要性に気づいていますが、何をどうすればよいのかわからないのが現状です。
何故なのでしょうか。

アルバート・アインシュタインが述べるように

「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない」

すなわち問題が先にあるのではなく、問題を作っている意識が問題であり、
意識の次元を上げれば、問題は問題でなくなるということです。

今の社会は人間勝手な規定を土台に成り立っています。

その規定の結果が現在なのですから、規定の中、同じ次元の中にいるままでは解決方法は見出せません。
規定の外、出発点・基準点まで戻ることが不可欠なのです。

それは小松昭夫氏が述べているように「人間に対する再定義」から始める時です。

人間とは何なのか、宇宙自然全ての仕組みが何なのか、
これを整理整頓し、誰もが活用できるようにすることが「和譲」であると私は考えています。
出発点から現地点まで脈絡を持って整理整頓ができた時、今ある問題が一掃でき、新しいワクワクした持続可能な未来への道が開けるのです。


本殿。
キレイでした~。見事が曲線美!


いつ見てもデカイ!
でももうお賽銭を投げてさすのはダメになってました。

足立美術館です☆我ながらナイスショットです。


2013年7月12日金曜日

新しい道具、商品

今まで人類は様々な道具や商品を開発してきました。
私たちの生活を豊かに便利にしてくれる道具、商品。
では、そもそも道具、商品とは一体何でしょうか。
どういった機能、役割、目的を持つものなのでしょうか。

それは体と心の限界を補うものです。

言うなれば、私たちの体と心の延長なのです。

体と心をどこまでも延ばしたい、という欲求が人間には元々セッティングされています。
だから馬車や車を開発して陸を超え、
船で海を越え、飛行機で空を超え、宇宙船で星を超えてきました。

延ばしたいという欲求は、出会いたい意志です。

出会って、ショック、感動、気づきがほしい、

その限界を補うために道具や商品の開発されてきたのです。

今や半導体から始まったインターネットの開発により出会いの範囲は飛躍的に拡がりました。
更にスマートフォンが登場し、プラットフォームが開かれ、
個人が簡単に世界中にアクセスできるようになっています。
境界線はどんどん取り払われ、出会い、繋がるインフラが完成しています。

それにも関わらず、逆にどんどん出会えなくなっているのです。


自分が何をどうしたいのかわからない。
家族や友達が何を考えているのかわからない、本音が言えない。
どこへ行っても、何をしても、
心から笑えない、今が楽しくない、自分の中に安心も確信もない。

出会っても出会っても、
出会えない。

全てを繋げた先の最後の障壁、それが”観点”です。

観点の中にいるから、自分と周りの間に壁を創り、自分の考えの中から出られない。
観点の外に出た時に初めて、自分とも周りとも出会えるのです。

そして観点の外に移動するための道具、商品が2013年に完成しました。

これからはこの新しい道具、商品を使って、
今までにない感動、ワクワク溢れる生き方を創っていく時代が始まります。

2013年6月22日土曜日

本当の情報社会へ

IT革命を経て、今、時代は情報社会と言われています。
インターネットによって、私たちは簡単に世界中の情報にアクセスできるようになりました。
溢れかえる情報、選択肢。
便利な反面、情報の量、スピード、複雑さに振り回されているのが現状です。
それに疲れ果て、以前の時代へと回帰しようとする動きも出ています。
しかし、否も応もなく時代は進んでいきます。
この複雑混沌を極める時代を整理整頓し、新しい時代へと向かっていくために、
私たちはどんな情報と出会えばよいのでしょうか。
一体何を知り、何を実践し、何を希望すべきなのでしょうか。

まずは何をどう考えればよいのか、考える方法を知る必要があります。

人は考える存在です。

何かを考えるように初期設定されているのです。

ではこの考えはどこからどのようなメカニズムで来るのでしょうか。
そして何のために考えるのでしょうか。

今までの時代では、5感覚脳で認識した現実画面を絶対と思い、
そこから反射的に考えてきました。
しかし、以前もお話ししたように5感覚脳で見るこの現実画面は絶対ではありません。
脳の認識メカニズムには癖があります。
 ①部分だけを取る
 ②違いだけを取る
 ③過去のイメージと繋げて取る
乃ち、私たちは事実をみているのではなく、条件付けられた相対世界を見ているのです。
それを理解しないまま、自然に見え、聞こえる物事に対して何の意志も働かせず、
反射的に考え、行動してきた結果が今の現実です。
この動物的な反射による思考、行動の繰り返しをストップさせる時が来ています。


そのためには条件によって変化する相対世界と、条件によって変化しない絶対世界との関係性を知る必要がります。

その関係性を明確に理解し、活用・応用できるようになった時、
5感覚脳で反射的に考えてしまう初期設定を解除することができます。
考えの支配から自由になると、全ての存在は情報で見えてきます。
絶対世界からこの相対世界に生まれ、存在するようになったその素材、メカニズム、目的が何なのか。
全ては情報の塊です。
この情報を解析し、活用していく時代こそが本当の情報社会です。


生き方に合わせて考えるのではなく、
考えた通りに情報を選択し、編集デザインして生き方を創っていく。

そんな最高に楽しい情報社会が目の前まで来ています。

2013年5月31日金曜日

HELP!

友達のおススメで”HELP”を観ました(^O^)
1960年代のミシシッピ州における白人女性とメイドである黒人女性の物語です。
憤り、哀しみ、ユーモアがリアルに演出され、もう涙ほろほろでした〜。

それは人種差別が当たり前だった時代。
時代ごとに様々な差別がありました。

白人と黒人
王と国民
男と女
等々・・・

人間はあらゆるものに”差”をつけ、”別けて”きました。
同時に、平等、人権を訴え、差別撤廃の運動、革命が繰り広げられました。
一つ一つ、”差”を取り除き続け、

そして今、かつてないほど”差”が拡がってきています。

止めようもなく進んでいく二極化。
なぜ私たち人間は”差”を創ってしまうのでしょうか。

その原因の一つに脳の認識機能があります。

脳は”共通”をとれません。
脳は違い、部分しか認識できないのです。

乃ち、私たち人間は”差”を創るように初期設定されているということです。

このことに気づかぬまま、脳が認識する現実画面を絶対だと思い込み、
見えるがままに、聞こえるがままに、
考え、感情、言葉、行動を発信し、関係性を構築し続けてきました。
今、改めて私たちがどんな現実画面を認識してるのか、理解する必要があるのではないでしょうか。

”HELP”では人種差別問題が赤裸々に描かれる中、
差別を超えて心通い合わせるシーンも多くあります。
人種が違えど、地位が違えど、性別が違えど、
心繋がってしまうのです。
繋がってしまえば、かけがえのない相手になってしまうのです。
では、隔てていたものは何だったのでしょうか。
あらゆる”差”を取り続けてきた、その最後の障壁は何なのでしょうか。

それが”観点”です。

70億人いれば70億通りの観点があります。
さらに蛇には蛇の、カエルにはカエルの観点があるように、人間以外の観点もあります。
それにも関わらず、人間は観点の中に捉まれ、固定したまま関係性を築こうとしてきました。
観点の外に出た時、乃ち全ての条件、状況から自由になった時に、
本当の意味で自由になり、心から繋がることができるのです。

この観点の外に移動させる認識技術が”観術”です。


”HELP”の最後に、脅してくる白人女性に対して黒人女性のメイドが、
”疲れませんか”
と問いかけるシーンがあります。
これほど人間の尊厳を求める、愛情にあふれた言葉があるでしょうか。
”差”をつけ、観点に固定されることは、本当に人を疲労疲弊させます。
そこには何の自由も、未来もありません。
人間はこんなものではないと、そう叫ぶ彼女の声が聞こえてくるようです。

気づき満載の映画でした☆
おススメしてくれたたまちゃん、ありがとう~(^^)/

2013年5月12日日曜日

変化の本質とは

変化の本質とは一体何なのでしょうか。

多くの人が変化を望み、そして同じくらい多くの人が変化しないこと望んでいます。
変化するもしないも選択は個人の自由。
しかし歴史的に観た時、変化してきたからこそ、ここまで時代は進化・発展してきました。
もう少し正確に言うならば、変化を生み出し、それを秩序化させ、さらにその秩序を破壊し、変化を生み出してきました。
 変化と秩序
 創造と破壊
 カオスとコスモス
時代はこの動きをずっと繰り返しています。
すなわち、変化は時代の必然なのです。
そして、時代の変化は当然私たちにも影響を及ぼします。
その中で、私たちは何を知り(know)、何を実践し(do)、何を望めば(hope)よいのでしょうか。
何をどう変化させればよいのでしょうか。

 

変化とは、"どこからどこへ" という動きです。

つまり現在地と方向性が明確になっていなければ、変化は生み出せません。
特に現在地をどう規定するかで方向性は大きく変わってきます。
”現在地”、それは、”自分とは何なのか”、”人間とは何なのか”ということです。
人類は500万年間、あらゆる分野でこの命題を追求し続けてきました。
宗教・哲学では”神”としてその存在を分け、
物理数学ではひも理論、M理論まできたものの次が見えない状態です。
様々な学者、思想家、研究者が追及に追及を重ねてきてなお、なぜこの命題を解き明かすことができなかったのでしょうか。

それは”観点の固定”にあります。


観点、すなわち判断基準とも言えます。
人は誰でも判断基準を持っています。
そしてその判断基準は皆バラバラです。
しかし誰かの判断基準に統一してもロボットのよう画一化されてしまいます。
かつ完全・完璧な判断基準を持っている人は一人もいません。
それにも関らず、無意識に自らの判断基準が絶対だと思い込んでいるのです。

この判断基準の異質性、不完全性を解決する方法が、観点を次元上昇させる認識技術、"観術"です。

観術では論理とイメージを用いて、観点の次元を上げることで、全体を俯瞰することを可能にします。
例えるならば、迷路の中でスタートもゴールもわからないまま彷徨っている状態から、迷路から抜け出て全体を見ることができるのです。
全体を把握できるから、自らの現在地がわかり、そこから移動するも留まるも自由自在です。
観術によって、一人一人が現在地と方向性を明確に把握し、意志を持って人生を設計できるのです。
そうした人々の連帯により、今までと全く次元の違う生き方、勝負が展開されるワクワクした時代となります。

今、どの国においても先が見えません。
次の未来価値・産業が生み出せず、希望が持てない状態です。
この危機的な時代を突破して、新しい時代へとパラダイムシフトしていくためには、まず観点の次元をあげて、自らの、地域の、国の、世界の、時代の現在地を確認し、全てをリセットしてから、方向性を再セッティングすることが早急に必要なのではないでしょうか。


2013年4月27日土曜日

自由な生き方

もっと自由になりたい
自由に生きたい
好きなことをしたい

多くの人が少なからずこうした思いを心に抱いているではないでしょうか。
日々、やらねばならないこと、すべきことに追われ、
やりがいや希望を感じることがどんどん減っていく現代。
今は本当に夢を持つことが難しい時代になりました。
子供の頃は、当たり前のように持っていた夢。
「大きくなったら何になるの?」
夢を持つことが当然であるかのように大人は子供に問いかけ、
そして疑問を持つこともなく、その時、心に思うことをそのまま答える子供。
子供は、できない、無理だ、といったことは考えません。
無条件に楽しく、何に出会っても感動で、夢は膨らみ、考えはどこまでも自由です。
しかし大人になるにつれて、考えも心もどんどん硬く小さくなり、
可能性よりリスクを、チャレンジより安定を選択する方向へ、思考や感情が走ります。
そして社会が創った規範の中、さらにその中で自らが創りあげた規定の中で、
気づけば息苦しいくらいに心も体もがんじがらめになっています。
その状態になった自らに気づいた時、自由になりたいと思うのです。

では、そもそも”自由”とはどういった状態なのでしょうか。

好きな時に好きなことを好きなだけできるということでしょうか。
何一つとして束縛されないことでしょうか。
では、本当にその状態になった時、一体何をすることを選択するのでしょうか。
何かを選択した瞬間、関係性が生まれます。
それは束縛体系の構築です。
乃ち、束縛なくして自由という概念は成り立ちません。
約束、規定があって初めて、人は自由を求めるのです。
そして究極の自由、それはカオスそのものです。
カオスでは人は生きてはいけません。
カオスでは、出会いがなく、進化・発展もありません。
つまり、苦しみ、悲しみもありませんが、喜び、楽しみも生まれないのです。
では、どうすればよいのでしょうか。
本当の”自由”にはどうすればなれるのでしょうか。

それは、自由(カオス)と束縛(コスモス)の関係性を知ることです。


私たちは普段、意識的にも無意識的にも様々な考え、感情をめぐらせ、言葉を発し、行動し、関係性を築いています。
では、その考え、感情、言葉、行動、関係性はどこから生まれているのでしょうか。
これらを発信する私たちはどこから生まれたのでしょうか。
更に観点を広げてみると、
私たち人類はどこから生まれたのでしょうか。
地球はどこから生まれたのでしょうか。
太陽系はどこから生まれたのでしょうか。
銀河系はどこから生まれたのでしょうか。
そして、宇宙はどこからどのようにして生まれたのでしょうか。

宇宙が生まれる前、それはカオスです。
宇宙は137億年かけて、カオスから今現在のコスモスまで創り上げました。
そのカオスとコスモスの関係性、メカニズムを解明しようと、
人類は500万年間あらゆる分野で追求し続けてきました。
宗教、哲学の分野では論理を立てることを諦め、”神”、”仏”と規定し、分けました。
科学の分野では”ひも理論”、”M理論”まできていますが、今ではヒッグス粒子1つを見つけるのに莫大な資金と時間を投入することに追われています。

これらの分野の限界を超え、

いち早くカオスとコスモスの関係性を解明したのが”観術”です。

観術とは、観点を次元上昇させる認識技術です。
この技術によって論理とイメージで明確に、カオスとコスモスのメカニズムを理解、会得することができます。
乃ち、宇宙の成り立ち、人間の成り立ち、自らの生き方の成り立ちを理解することができるのです。
更にそのメカニズムを会得することで、今現在から宇宙誕生前まで全てをほどき、そして全くバージョンアップさせて新しい今現在を再構築することも可能となるのです。
そのカオスとコスモス自由自在に行き来できるようになったとき、
初めて真の”自由”そのものになることができ、
”自由”な生き方を具現化することができるのです。

夢を持てない現代。
未来への希望が、行くべき道が見えない現代。
しかし、危機はチャンスと同じことです。
個々が、今目の前の現象に囚われるのではなく、
観点の次元を上昇させ、真の自由な生き方を実践できた時、
夢、アイディア溢れる素晴らしい時代の幕開けとなるのです。

2013年4月9日火曜日

コミュニケーションとは

CCO=Chief Communication  Officer

CDO、CIOなどはよく注目されてきましたが、コミュニケーションに特化した能力はビジネスの上であまり重要視されてきませんでした。
しかし、最近このコミュニケーション能力に大きな注目が集まってきています。
どの組織でも個人の技術や知識の育成、多様な情報収集ツールには長けてきました。
そして見えてきたより深い障壁がコミュニケーション能力です。

なぜ人と人は分かり合うことができないのか?
なぜいつまでも争いを繰り返し、平和が訪れないのか?
なぜwin-win、all-winの関係性が築けないのか?

これらの問題解決能力は、人類始まって500万年間、あまり進化していません。
そもそも”コミュニケーション”という言葉を聞いてどんなイメージを持つでしょうか?
非常にあいまいでぼんやりとしています。
ある学生が言いました。
「コミュニケーションは勉強できるものではない」
勉強できない、つまり体系化された論理、共有できるイメージがないということです。
けれど、思えば私たち人間は生まれながらにして様々なコミュニケーションをして生きています。
家族と触れ合い、友達と話し、食べ物を摂り、景色を見て心動かされ、
呼吸でさえも空気とのコミュニケーションと言うこともできます。
全てコミュニケーションによって生きてきたといっても過言ではありません。
それにも関わらず、私たちはコミュニケ―ションが何なのか明確に定義、共有することができないのです。
乃ち自分の考え、感情、そして言葉、行動、表情がどこからどのうようなメカニズムで発生するのかがわからないということでもあります。

人類は今まであらゆる物や技術を開発し、デジタル化してきました。
しかし、人間そのものは500年前も今もそれほど変わっておらず、アナログのままです。
今回、CCOの経営者である石山 義章氏は、このアナログな人間のコミュニケーションを明確に整理整頓されました。
今までの何が限界だったのか、
これから求められるコミュニケ―ション能力とは何か、
それを身につけるために必要なことは何なのか、
次回はコミュニケーションのメカニズムを紐解いていきたいと思います。