2013年12月30日月曜日

満足したら終わり?

”満足したら終わり”

と言うのをよく聞きます。
私はあんまりこの言葉が好きではありません。
だって、じゃあいつ満足するの?って思うのです。

”いつか成功する”
”いつか幸せになる”

いつどうなったら幸せで成功って言えるんだろう?って思うのです。
ひねくれているように聞こえるかもしれませんが、本当に素朴な疑問なのです。
常に足りない、まだまだだという状態。
それって永遠に満足できないってことですよね。
それは寂しいなあと感じます。
そう思うのは私だけでしょうか?

今は資本主義で金融経済が力を握っているから、個人にモチベーションがかかっています。
終わりなき高さの追求、尽きることない私有欲、果てしない競争。
何かを得た瞬間だけ喜び、感動、充足感があるけれど、それも一瞬にして消えるバブルのようなもの。

今の幸せ、成功パターンが良いとか悪いとかではなく、繰り返していったその先に個々が、そして70億人が平和になれる道がないのは間違いない事実だと思います。

そうした世界に敗れ、心疲れた人々が昔を振り返る動きが多くなってきているように見えます。

”ありのままでいい、そのままの自分を受け入れること”

こうした言葉もよく聞くようになりました。
農業に携わる人が増えていたり、村おこしが活発化してきているのも、そうした流れの一環でしょう。
でも、これもあんまり好きではないのです。
本当にひねくれているつもりではないのですが(笑)

だって、そもそも”ありのまま”が何かもわからないのに、何をどう受け入れるのでしょうか。
もちろん現在の自分を否定せず認めることはとても大切です。
外の進化・発展に目を向け続けた結果、置き去りにしてきてしまったものを取り戻すことも重要です。
けれどそこに留まってしまっては問題解決に至らないと思います。

環境破壊、格差社会、宗教・民族紛争、原発問題、鬱・自殺の増加、経済の停滞、個々の判断基準の複雑化、暗記教育の限界、等々。
尽きることのない問題。
こうした問題は時代を回帰することでは解決できません。

そんな話はもうわかっているって言われるかもしれません。
でも世界のどこを探しても解決策、代案がない。
それでも何かしないといけないから、政治家も事業家も、日々働く社会人も主婦も学生も、
みんなそれぞれにがんばっています。
その中で疲れ果て、心が麻痺してきている人も増えてきています。

私自身、2年程前まで何をどうしたらいいのか全く分からない状態でした。
自分の周りの人々、そして世界の人々を見渡した時に、
人間は何で条件付けの幸せしか得られないんだろうって、そのことに心から憤りを感じました。
けれど自分がやりたいことも分からないし、社会を変える術も見つかりませんでした。

そんな時に出会ったのが、韓国人のNoh Jesuさん。
そしてNohさんが発見・発明し、日本が育てた認識技術”観術”です。

その出会いによって、初めて自分の現在地、時代の現在地が過去・未来と真っ直ぐ繋がって理解できました。
何が問題の原因で、どうすればそれを突破できるのか、そして未来をどう創っていくのかが論理とイメージで明確に観えたのです。

ここではとても語りきれませんが、間違いなく観術は日本から始まる新しい教育プログラムであり、新しい経済となる認識経済を胎動させるものであり、東洋と西洋が融合した新しい文化文明の出発となるものだと私は確信しています。

組織や国も一人ひとりの集合体でしかありません。
まずは一人ひとりが心の平和を持ち、主体性、自立性を持って常に今ここ最高、今ここ幸せ・成功の生き方を実践していくことが、豊かな社会を持続させていくのに不可欠だと思います。

こんな話をするとよく理想論だと言われますが、理想を追いかけなかったらいつ理想に到達するのでしょうか。
何よりも理想だ現実だと分けたのも人間です。
その分け方の基準を理解することによって、基準を変えれば理想も現実も変化します。
大切なのは原因を知り、そのメカニズムを理解することだと思います。
それを可能にする突破口が観術です。

今では観術フリーアカデミーとしてコンテンツが一般公開されています。
次の一手が見えない今の時代を突破する代案としてぜひ一人でも多くの方に出会って、確認してみてもらいといと心から思います。

2013年の終わりに長々と知拙な文章で想いを綴ってみました。
この一年は変化に満ちた年だったという言葉をよく聞きます。
2014年は世界中で更に激動の一年になりそうですね。
時代の変化の中で、柳のような柔軟性と揺るがない心を持って、まずは一つ一つの出会いを大切にしていきたいと思います。

2013年12月22日日曜日

モノづくりからヒトづくりへ

2013年も残り後わずかとなりました。
個人的にも社会全体でも変化が激しく目まぐるしい一年でした。
そして2014年はますます激動の年になるのだろうなあと感じています。

2014年、日本はそして世界はどんな方向性へ向かっていくのかと考えた時、

私は教育革命の時代が到来すると思います。

乃ち、モノづくりからヒトづくりへ

今までにない新しい教育、新しいヒトづくり、その先陣に立つのが日本ではないでしょうか。

今、世界はアメリカと中国のG2で動いています。
しかし中国がアメリカを抜き、G1体制となるのは時間の問題です。

国の成長の指針となるGDPは、社会プレートの移動によって上昇します。

歴史の流れを大きく分けると、農業のプレートから産業のプレートへと移動し、成長してきたのが今まででした。
イギリスの産業革命に始まり、先進国は飛躍的に発展を遂げてきました。
しかし、今新しいアイディア、ニーズが生まれず頭打ちの状態です。
先進国において産業プレートはすでに飽和状態。
モノは豊かになり、食べることに困らなくはなりましたが、
少子高齢化、格差社会、雇用不安といった問題をどの先進国も多かれ少なかれ抱えています。
ここを突破する道がみえない現地点。
その中で中国は、まだまだ農業プレートの人々が億単位で控えています。
何億人もの消費欲求、それに対する供給がものすごい勢いで中国を動かしています。
けれど、その行き着く先は今の先進国と同じです。
それ以上に貧富格差、ストレス、プレッシャーが強くなる可能性も十分にあります。
中国だけでなく、インド、その他の途上国も同様の道を進んできます。

今、先進国は次のプレートへと移動していく必要があります。

それが教育革命であり、ヒトづくりだと私は思います。

一人一人が尊厳をもち、主体性、自立心を持って、揺るがない不動心を立てて生きること。

そうした人と人との繋がりをつくっていくこと。


産業プレートから尊厳プレートへ

資本主義から人本主義へ

モノづくりからヒトづくりへ


アベノミクスはモノづくりを推進していますが、モノづくりで成長するのは中国です。
これだけ物や商品が溢れている先進国では大した消費欲求、ニーズは生まれませんし、活性化しません。
物や商品を消費するだけのパターンを変えて、やる気、感動を生みだす消費パターンを創ることが大切ではないでしょうか。
それができるヒトをつくること。
その鍵となるのが日本であると私は確信しています。

ヒトづくり、新しいプレートへの移動を妨げる最後の障壁が観点・判断基準の問題です。
観点・判断基準の衝突が避けられないから争いが終わらない、解り合えない。
けれど観点・判断基準を統一しても画一化してしまい、創造性がなくなるという問題があります。

この観点、判断基準の問題、ジレンマをどうクリアするのかが、大きなニーズとなっています。

その突破口が、日本の和心、おもてなしの心、わびさびです。

観点・判断基準の違い、不完全性を全て包み込める「和」。
この和の精神を論理体系化し、新しい教育として全世界に発信していくこと。
新しいヒトづくり、新しいプレートへの移動、新しい職業・雇用の創出、新しい経済の循環を生みだすものであり、本当の平和づくりの根幹を成すものだと思います。

2014年、日本の時代における役割はとても大きいものです。
新しいプレートへ向けて日本全体が一丸となって世界に発信していきたいと思います。


2013年12月1日日曜日

メタ能力

面白いコラムに出会いました。
人材教訓関連の事業をしている若手の人。
誰かは忘れてしまいました(笑)

心に残ったことは”メタ能力”という言葉。
これからは一つの専門分野に長けているだけではダメ、
多様な知識・技術を繋げて、活かし合う能力が必要だ。
そんな感じの内容でした。

まさしくその通り!と思います。
だって単なる知識・技術ではコンピュータの方が断然強い。
どれだけ知っているか、パワーがあるか、といったことはひっくり返っても機会には勝てません。

でも機会の弱み、そして人の強み、それは”関係性”だと思います。

繋ぐ力、そこから融合、発展させていく力。
相乗効果を生み出す関係性の構築。
これは人間の特権ですよね。
それってまさしく”メタ能力”と言えると思います。

でも、これがなかなか難しい。
ネットの誕生で誰でも世界中にアクセスし、あらゆる情報を手に入れられるようになっているのだから、何でも繋ぎたい放題、やりたい放題、のように見えます。
けれど実際はむしろその逆で、情報量、複雑さに対応しきれず翻弄されている状態。
自分の生き方に必要なものをピックアップしてメタ化し、うまくやっていけるのはほんの一握り。

努力不足、といってしまえばそれまでなのですが、これだけ変化が激しく、方向性の見えない現代では一人ひとりの心がとっても忙しい。
降り注ぐ情報に、みんな心も頭もパンパンです。

だからまずはシンプル化することが必要だなと感じます。

絡まっている糸を解くように。
スッキリ一本の糸になるまでシンプルにする。
そして全体像を見据えてもう一度結んでいく。
シンプルにしたりコンプレックスにしたり自由自在。

でもシンプル化がこれまた難しい!
人って根本的に前進中毒だし。
でも前進してきたなら出発した最初の地点があるはずです。
その最初の出発点まで戻ること。
思えば人ってどこが出発点がわからないまま進んできました。

でも変化って”どこからどこへ”だから出発点がわからなければ方向性もわからないし本当の変化もできません。
出発点を知る、シンプル化するためには、そもそも人間って何をどう”認識”してきたのかを理解することが欠かせないと思います。
どんな”認識メカニズム”で言葉を使って、知識や技術を生み出し、関係性を構築してきたのか。

ややこしそうに見えるけれど、知識や技術の土台には言葉があって、
言葉の土台には認識があります。
今までは知識・技術をゲットすることにフォーカスされてきましたが、今や新しい知識・技術が生まれない頭打ち状態なのです。
だから大元の”認識”まで戻って現在地を観てみることが必要なのではないでしょうか。
認識から整理することで、シンプル化して”メタ能力”も身につけられると思います。

やっぱりシンプルスッキリ最高に楽しく生きていくのがイイです。
誰もが”メタ能力”を持って、アイディア溢れるワクワクした時代をみんなで創っていきたいなあと思います。

2013年11月6日水曜日

”手放す”ということ

最近、”手放す”ということの奥深さを感じます。


ちょっと前に断捨離が流行ったりもしましたが、思えば”手放す”ということは人類がずっと追求し続けてきたテーマではないでしょうか。
なぜって、両手に何かを握りしめたままでは新しいものを掴めませんし、隣と人と手も繋げません。

つまり”手放す”ということは進化発展の過程で不可欠なことなのではないかと思います。

とてもシンプルなことのはずなのに、自分も含め人というのは握りしめているモノを手放すことが本当に大変です。

それは、自分のお気に入りの服や鞄であったり、
稼いだお金、
手に入れた地位や名声、
こうだと思い込んでいる考えや感情のパターン、
世間の常識、などなど

手放したつもりでも、意外と根っこが残っていたり。

一度掴んだもの、決めたこと、知ってしまった世界を手放すことに、人はなぜこんなにも恐怖や抵抗を感じてしまうのでしょう。

時代の流れを観てみると、今まではいかに多くの権力や富、財産を得るか、ということに意味・価値があるとみなされ、それが幸せ、成功の条件でした。
その結果、二極化は進み、ピラミッド型構造の社会が出来上がりました。
しかし、今や新しいアイディアや技術が生まれないため、雇用も生まれず、ピラミッド型構造を保つことすらできなくなってきています。

そんな中、見直されてきているのが日本の”和の精神”、”おもてなしの心”です。

その心が示すことは、”循環、融合、調和”ではないかと思います。

実際、色んな所でこれらの言葉が発せられているのを見かけます。
そして、”循環、融合、調和”を生み出すために不可欠なことが、”手放す”ことだと思います。

逆に言うならば、”循環、融合、調和”のイメージがないから、手放すことに恐怖や不安を感じるのではないでしょうか。

手放したものは、一見失ったように思えるけれど、実際は形を変え、場所を変えて息づいているのです。

その変化を観る目、全体の動きを観る目を持てた時に、手放すことへの恐怖も消え、新しい”循環、融合、調和”の時代が生まれるのではないかと思います。

2013年10月27日日曜日

生きがい

ふと、友達に聞かれました。
"死ぬまで仕事をしたいと思う?"
その子は、亡くなった上司が、癌で闘病生活をしながらも最後まで仕事をしたがったその想いに不思議さを感じたそうです。
せっかくがんばって仕事をしてきたのだから、最後くらい好きにゆっくりしたらいいのにと。
その方がどんな想いを抱いていたのかは今はもう知る術もありません。

私は社会人7年目になります。
まだまだヒヨッコではありますが、今まで出会った人々の中で、心の底から仕事を楽しんでいる人の方が少ないように感じます。
その中でも将来への明確なビジョン、ワクワクするような未来を思い描いている人はもっと少ないでしょう。

人は何ために仕事をするのか。
それは即ち、何のために生きるのかということに直結します。

社会的に成功している人でもそうでない人でも、
求めているのは、充足感、やりがい、生きがい、ではないかと私は感じます。
自分が生きていることを、その意味・価値を心深く感じたい。
思いっきりエネルギーを注げるものが欲しい。
そのためには一人では不可能です。
相手があって初めて人は自らの存在を認識できます。
仕事というのはそのための一番わかりやすいツールなのではないかと思います。
自ら考え、行動し、生産し、周囲と関係性を構築し、時には破壊して更なる創造へと向かう。
最高の自己表現、人と繋がるツールの一つ。
そんなイメージを持っているからなのか、基本的に私は仕事というものが好きです。
仕事、というと硬いイメージがするかもしれません。
表現を変えるなら、役割をもつということでしょうか。
趣味でも遊びでも、言葉は何でもよいと思います。

死ぬ間際まで、生きていることを、誰かと繋がっていることを感じたいと、
そんな想いが友達の上司にあったのかもしれないと、心馳せた日でした。

2013年10月3日木曜日

死ぬことと見つけたり

私の好きなことば

”武士道とは、死ぬことと見つけたり”


これはすごいことばだなと思います。

実際の解釈は違うかもしれませんが、このことば、この境地は究極の大自由そのものではないでしょうか。


私は薬剤師として病に苦しむ人、懸命に生き長らえようとする人、死に直面する人、色んな人たちを見てきました。
その中で、みんな自分が何をどう生きて行けばよいのか全くわからないのだということを痛切に感じました。

死ぬことに恐怖し、生きることに不安し、今この瞬間を生きることができない。

必死に治療して、しかし気付けば治療することが目的となり、
いつしかなぜ治療しているのか、どう生きていきたいのかを全く見失ってしまいます。

病気のこと、治療のこと、薬のこと、不安に駆られてたくさん聞いてこられます。
その時、私は、
”治療することが目的ではないですよね、どう生きるかが先にあって、そのための治療ですよね”
と聞きます。
その瞬間、はっとして、”そうだった”と皆さんおっしゃいます。
けれど、すぐにまた日常に追われ、病への不安に囚われていってしまいます。

人は本当に今この瞬間を全力で生きることが難しい生き物です。
しかし、武士の”死ぬことと見つけたり”というのはそれを超えているのではないでしょうか。

自らの死に方が明確に見えた時、初めて生き方を決定できるのではないでしょうか。

自分がどう生きてどう死ぬのか、
それを明々白々に悟り知る時、今この瞬間、死にながらにして生きている。
それは生死への不安・恐怖を超えた状態であり、
だからこそ常に今この瞬間を全力で生きることができる。
過去からも未来からも自由で、かつ過去も未来も自由自在に創れる。
それこそが究極の自由な生き方ではないかと思います。

やっぱり武士って、侍って、すごいですね!
そんな不安も寂しさもない大自由の生き方・死に方を誰もができる時代を創っていきたいなと思います。

2013年9月4日水曜日

メタネットワーク

今、時代は大きな変革期にあります。

時代の流れを見てみると、全体主義か個人主義か、
どちらか一方に集中しては失敗してもう一方へ、という動きを繰り返しています。

全体主義と個人主義の間の中道を行く道は、

一部では模索され試みようとした動きはあれど、実際に社会に大きく変革することはありませんでした。
なぜ中道を行くことができなかったのでしょうか。

中道とは、全体主義にも個人主義にもなれ、またそのどちらでもない自由自在な動きの状態です。
全体と個人を同時に成り立たせる動きを可能にするためには、
個々が条件・状況・環境に支配されない意志を立て、明確なビジョンを共有することが必要です。
そして、個人と全体との関係性を観ることです。

現代の教育は、暗記教育が主流で個々の能力、可能性を殺しています。
一方で、右脳開発、人間性教育などは現実の社会や人間関係の構築に活用しづらいのが現状です。

そもそも人間が何なのか、宇宙自然のメカニズムが何なのか、
なぜ考え、感情が生まれるのか、
考え、感情をどのように育み、使っていけばよいのか、
溢れる情報をどのように編集デザインして自らの人生を創っていけばよいのか、

こうしたことを教える教育は全くありません。
一見、能力向上や経済的な豊かさには繋がらないように感じるかもしれませんが、
これらの教育が実践されなかった結果が今の現状です。
急がば回れ、と言います。

人類500万年間に積み重ねてきたあらゆる規定、観念を全てリセットして、
ゼロから再創造する時に来ています。

条件・状況・環境に支配されない意志が立った個人が生まれた時に、今の行き詰った時代を突破するエネルギーが爆発し、未来へのビジョンを共有できるのです。

そうした個々の集まりは、絶対に裏切らない関係性を持った集団、組織となります。

揺らがない個性を持ち、かつ常に全体の観点を持てる。
個であり全体である動きそのものになれる。
そのスピードを観ることができる。

それがこれからの時代に必要とされる関係性、組織体系であるメタネットワークです。

今までは、お金を儲けるために物商品を流すネットワークを作ってきました。
これでは条件によって関係性が変わってしまい長続きしませんし、一部の集団に留まってしまいます。

まずはどんなことがあっても絶対に揺らぐことのない人間関係、ネットワークを構築し、そこに商品を流通させることで、経済が活性化していくのです。


意味・価値を追求する社会から、関係性を構築する社会へ。
高さ勝負の時代から、深さ勝負の時代へ。
物・技術の科学化だけでなく、人間の認識能力の科学化かされた時、
時代の両輪が揃い、新たなプレートへと進んでいくことができます。