2014年4月29日火曜日

カラダとココロ


体と心、どっちが大切?

ちょっと前にそんな問いを耳にしました。
聞かれた人は、どっちかな〜と悩んでいました。

どっちの方がより大切かは人それぞれと思いますが、
病気になると、とにかく体を何とかしようとする人が多いなと、医療者として感じます。

体と心は互いに影響を及ぼしあっており、切れない関係性であることは、
誰もが頷くところだと思います。

でもどっちが大切という判断を下すには、
体や心が何なのか、どういう関係性なのか、未知の領域が多すぎます。
特に心の分野は、やっとここ数年本格的に注目されてきたところです。

    "人間に対する再定義が必要"

そんな言葉がちょこちょこと聞かれるようになってきました。

その"人間に対する再定義"を論理とイメージで明確にしたのが観術開発者のNoh Jesu氏です。

心が何なのか、
体が何なのか、
心と体の関係性が何なのか、

誰でもわかるように新しい学問、技術として体系化されたのが"観術"という認識技術です。

どういうことなのか私なりにまとめてみますと、

   心 → 体
   体 = 心

という式が成り立ちます。

つまり、体は心からできており、体と心は同じ、ということです。

例えるなら、
パンは小麦粉からできていますが、小麦粉とパンを並べても同じものには見えません。
でも小麦粉がパンになる過程、メカニズムがあるわけです。

パンの素材が小麦粉であるように、
体の素材が心であり、
小麦粉からパンがつくられるように、
心から体がつくられています。

なので基本的には体と心、どっちからアプローチもできるはずなのですが、
問題は、
心が何なのか、規定が明確でないこと、
心から体がつくられるメカニズムがわからないこと、
ここにあると思います。

で、この問題をクリアしたのがNoh Jesuさんなわけです。
ありえなさそうだけど、できてしまったわけですね。
Noh Jesuさんがすごいという以上に、これは時代の必然かなと思います。
数え切れないほどの人たちの意志、涙、努力があって、
心も体も自由自在に活用する時代が来たのだなあと感じます。

いうなれば、
今までは方翼で飛んでいたけど、これからは両翼で飛んでいける、
本当の自由な生き方ができる。

そんなすごいことが起きる時代に生まれたことに感謝☆




2014年4月21日月曜日

尊厳City福岡

昨日、日韓ビジョンフォーラムに参加してきました。

3ヶ月に一度、福岡で開催されている大きなイベントです。
発足してからもうすぐ3年になるそうです。
ここ1年半ほど、私もKANSAI FIELDメンバーと一緒にほぼ毎回参加してきました。



今回のテーマは"アジアのルネサンスはどのようにして興るのか"

奇しくも先週KANSAI FIELDが開催したイベント
"関西から始まるアジアのルネサンス"
と同じく"ルネサンス"がテーマでした。
この偶然の一致は、もう日本からアジアのルネサンスを巻き起こして行くしかない!という気持ちです。
私の勝手な思い込みですが(笑)
でも、そう思えるほどに2014年は世界全体が激動の時だし、日本はその中でも特に厳しい状況にあります。
同時に新しい変化を模索する動きも大きくなっていて、時代のプレート自体が全く新しく生まれ変わる前の生みの苦しみのような状態にあるように観えて仕方がありません。

そんな中での今回のフォーラムでしたが、すごい場でした!
なんと、韓国の若者代表で3名が舞台に上がったのです。
日本の若者も3名代表として出て、

韓国側は、日本の立場になって、
日本側は、韓国の立場になって、


それぞれ主義主張し合うという歴史的にも前代未聞の構成でした!
ちょっとイメージしにくいと思うのですが、
例えば、靖国神社の問題について、
韓国の若者は、日本人になったつもりで、日本側の論理、正当性を述べるのです。
そして日本の若者は、韓国人になったつもりで、韓国側の論理、正当性を語るというものです。
今、日韓の関係性がここまで逼迫している中で、こんな会が催されるのは信じがたいことです。
日韓、どちらの若者もとても堂々としていて見事なプレゼンでした。
理がしっかり立っていて、会場から何度も、お~、という感心のどよめきが起こりました。

何よりも、韓国の若者が、海を越えて日本に来て、日本人の前で、日本語で、日本の立場に立って、日本の主義主張をするという、その勇気、姿勢は感無量でした。

本当に言葉では言い尽くせないほど、感謝と感動で心がいっぱいです。

韓国の反日教育というのは半端ではありません。
日本が韓国や中国に対して、嫌だなとか怖いなとかってぼんやりと感じているレベルではないのです。
幼少期から国の政策として、徹底的に教育されます。
その中で育ちながら、
このままでは問題は何も解決しないのではないか、
本当に幸せな未来をどうやったら創れるのか、
と疑問をもって、社会に向き合っているのです。

今回、若者たちのディスカッションを聞きながら、改めて歴史認識問題に囚われていては何一つとして解決できないと痛感しました。
歴史を知ることはとても大切なのは間違いありません。
けれど、あくまで過去のことであり、本当は何が起きていたのか、事実は知りようがないのです。

歴史認識は、”観点”と”観点の解析の結果”です。

日本から観たら日本の、韓国から観たら韓国の正当性があります。
それはどの国でも同じことです。
大統領を暗殺した人が、方やテロリスト、方や英雄。
国だけでなく、個人のレベルで見ても、
アップルと聞いて、りんごと思うか、スマホと思うか。
規模は違えど、基本は同じ。

どんな観点で、どう解析するか、それだけです。

だから自分の観点に固定されたまま解析した結果だけを見て正当性をお互いに訴えても、
分かり合える道は永遠にありません。

観点が何なのか、
どういう仕組みになっているのか、
どうリセットして、リクリエイトしたらいいのか、

観点の問題をクリアしないことには国も個人も分かり合えない。
それをこの福岡訪問の2日間で痛いほど感じました。

観点の問題を発見し、論理とイメージで明確に整理整頓したのが
観術創始者であり、日韓ビジョン同盟韓国代表のNoh Jesu氏です。

18年前に福岡で発見して以来、
観点の問題をクリアして新しい未来へとプレートチェンジを起こすのは日本からだと、
一貫して発信し、活動し続けておられます。
Nohさんのその意志がどんどん拡がっているのを、今回の日韓ビジョンフォーラムで感じました。
最初に参加していた頃と、会場の雰囲気が全然違うのです。
みんな話を真剣に聞いているし、質問もシャープだし。
満員御礼で会場全体が一つになって、とても感動的な会でした。

福岡という街が、
観点の問題を超えて、
人の無限の可能性を活かしあえる安心と信頼の尊厳Cityのモデルとなっていく、
そんな未来がこのフォーラムで観えました。

次回は9月7日に1000人規模で開催するそうです!
その時にはどんな福岡に出会えるのか、今から楽しみです。
ファイル:Acrosfukuoka01.jpg

2014年3月23日日曜日

新しい成長エンジン

今、どこの先進国も新しい成長エンジンを求めてさまよっています。
世界を牽引してきたアメリカも中国に押され、今回のウクライナ問題でその弱さが完全に露呈しました。
その中でも日本は極めて深刻な状況にあります。

少子高齢化が進み、国の弱体化は著しいものです。
若者たちには活気がありません。
敗戦により、日本は国全体でアイデンティティを根こそぎ奪われてしまいました。
さらにバブル崩壊後、長いデフレを通して経済的にも苦しい状態が続き、
今の10代、20代の人たちは、未来が明るいイメージを持ったことがないのです。
アベノミクスがアメリカの真似をしてお金をばらまいていますが、需要のないところにお金を投入しても、循環せずバブルのごとく消えていくだけです。
アベノミクスの経済効果も一時的なもの。
そんな中でやる気を出そうにも、インターネットの普及により比較相手は昔の比ではなく、
ちょっと得意なことでも自分よりすごい人は世界にたくさんいます。
自信も持てず、複雑化していく世の中で何をどう生きて行けばいいのか分からないのが現状です。

危機的な状況の最先端を日本が走っており、他の国も遠からず深刻な状況に直面することは明らかです。
だからこそ危機をチャンスに変え、世界が新しいプレートへと進む突破口が日本にあります。

先日、新聞でBRICsの次の市場が話題にされていました。
もはやBRICsではなく、新しい市場だと話題にされて久しいものです。
NEXT-11、VISTA、そしてラストフロンティア アフリカ。
新しい市場開拓は重要なことです。
しかし、それで本当に新しいニーズが生まれ、行き詰まった社会を突破できるのでしょうか。

以前、テレビで日本の名だたる経営者、企業家の方達が集まっている会でインタビューしている番組がありました。
一様におっしゃっていたことが、

これからは今までにない全く新しいものが求められている、

というものでした。

既存にない新しいニーズ、新しいアイディア。
今の延長ではもう世界はどうにもならないということです。


しかし、実際に行っていることは既存のパターンを繰り返しているだけです。
国を変え、市場を変えたところでやっていることは同じ。
発展途上国へ移っていっても国の数には限りがあります。
昔、ラストフロンティアという言葉を聞いた時、ラストっていうのならその次はどうするのだろう、と素朴な疑問を覚えたものです。
行き詰まるのは時間の問題です。

どうしようもないように見える中、
しかし、その新しいニーズを発見した人に私は出会いました。

それが観術の創始者 Noh Jesu氏です。

あらゆる問題の根本原因である”観点固定”
この問題を一掃し、解決する認識技術”観術”

Noh Jesu氏が発見、発明し、日本人が育ててきた観術こそが、今の閉塞した時代の突破口となる新しいニーズです。

今までは、5感覚脳を基準にして見えるもの、聞こえるものを対象に、物や商品を開発、開拓してきました。

しかし、物、商品はもはや先進国では溢れかえっており、需要が生まれず、経済が循環しません。
途上国に持って行ったところで、一時しのぎであることは先ほど述べたとおりです。
何より物の消費だけでは人の心を本当に幸せにしないことは、消費してきた人こそが痛感しています。

これからはモノづくりではなく、ヒトづくりの時代です。

5感覚脳に観点固定されている問題をクリアし、意識と無意識の100%の循環を自由自在に使えるヒトたちを創出していくこと。

自信に溢れ、相手の可能性を観ることができるヒトたちが集まったとき、
アイディアが次々に生まれ、多くの人々を感動させるプロジェクトが動き出します。
それこそが新しい成長エンジンであり、次の時代の土台となってくるものです。

新しい成長エンジンの可能性についてはまた後日お話したいと思います。

2014年3月12日水曜日

3.11

2011.3.11 東日本大震災

もう3年も経ったのかと驚きます。
被災された方にとってはまだ3年しか、という心境なのでしょう。
もう3年、といったのは、ついこの間のことのような気がするくらいまだまだ身近な出来事だからです。
現地に行ったことのない私でもそう感じるのですから、被災者の方たちの想いはどれほどだろうと思います。

ちょうど昨日、子供の頃に阪神大震災を経験した人と話していました。
外に出た時、目の前は一面の火の海だったそうです。
阪神大震災から19年。
それこそもう19年も経ったのですね。

そして中越大震災。
日本は常に地震にさらされていて、その都度人々の想いが引き継がれていくからでしょうか、
どの震災も記憶から薄れることなく、身近に感じます。

被災地の復興、被災者の心のケア、放射能汚染。。。
問題は山積みであり、大震災はまだ続いています。

震災によっていのちの大切さ、人との関係性の大切さを改めて痛感した人たちの話もよく聞きます。
被災地のために何かしたいと、大きく人生が変わった人たちもいます。

本当に人生、一瞬先は闇。
何が起こるかわからないものです。

”もし明日死ぬとしたら何をしますか?”と聞かれたとき、
私は、その仮定自体が意味を成さない生き方をしたいなと思いました。

自分がどう生きて、どう死ぬか、明確に自分の中に腑に落ちている。
常に今この瞬間に全身全霊をかけ、今この瞬間が最高でしかない状態。
生死に囚われない、一瞬一瞬の勝負の繰り返しがあるだけ。
そんな風に思います。

という話をしたら侍みたいと言われます(笑)
でも、死ぬことへの恐怖を一番乗り越えられるのは日本人だと思います。
大震災でも、日本人一人ひとりの在り方の素晴らしさが世界から称えられました。
忍耐強さ、相手への思いやり。。。
本当は日本人てすごい強くしなやかな心を持っています。
それが歴史・地理的な色んな背景からアイデンティティが小さくなってしまっているだけ。
日本の正しさやすごさを主張するのではなく、
世界を救う日本のアイデンティティになった時に、日本の本当の力が発揮されると思います。


3.11で亡くなられた方たちのご冥福をお祈りするとともに、
被災され、深い傷を抱えておられる方々に、
時空間を超えて、エールをお送りいたします。



2014年3月3日月曜日

脱!意味・価値girl☆

最近の私のテーマは、

”脱!意味・価値girl”です☆

なんのこっちゃって感じですが(笑)

私は何かをする時とか、考える時の基準が、

”何のために?”
”どんな意味・価値があるの?”

というところから出発してしまいがちです。。。

これって結構男性的かなと思うのですが、どうでしょう?
自分としては色々チャレンジしているつもりだし、実際ちょっと待てって言われるくらい突っ走ってしまうことも多々ありますが(笑)
でも自分の中で、意味・価値がないって思ってしまったら、スパッと切ってしまうのですよね〜。

そこで付いたあだ名が、
”意味・価値がある”→”意味・価値がーる”→”意味・価値girl” です(笑)
私の友達はセンス抜群ですね〜。

意味・価値girlがダメなわけではないけれど、何に意味・価値があると思うかって人それぞれです。
そこから出発してしまうと、それ以外は意味・価値がないって相手に言っていることと同じ。

結局、自分勝手に周りを決めつけて、新しい出会いや可能性をたくさん逃してしまっているのですよね。

それってホントもったいない!

でも思えば、私だけではなくて今までの世の中がそうじゃないかなと思います。
世間で”意味・価値がある”と言われているものを追い求めている人がほとんどではないでしょうか。
”~のために”をたくさん集めて、すごいだろー!ってどれだけ言えるかの競争を繰り返す高さ勝負。

けれど、そもそも私たちは何によって、それが”意味・価値がある”と思い込まされているのかわかっていないのがほとんどではないでしょうか。

まるで飛んでいる矢のようです。
どこから何によって飛ばされているのか、どこへ飛んでいくのかわからない状態。

それでも今まではそれなりに結果や成果も出たし、上手くいってきました。
でももうそのパターンでは幸せ、成功になる人はほんの一握りで、限界にきています。

これからは、

”意味・価値”ではなく”関係性””高さ”ではなく”深さ”

の時代だと思います。

より多くの人たちの心を動かす”関係性”と”深さ”を構築することで”意味・価値”が生まれる。

”意味・価値girl”ではなくて”意味・価値つけ〜る”ですね(笑)

”意味・価値”を得る側から創る側へ。
一人ひとりが最高のクリエイターになる時代がこれからの主流になっていきます。
クリエイト力勝負はかなり面白そうですね♪

2014年2月23日日曜日

やりがいの方向性?

社会人になって医療現場に携わっていると色んな疑問が湧いてきます。
その一つに、重症の患者さんが来ると、やりがい、意欲が湧いてくる場面を目の当りにします。
あまりよくない表現をするならば、ワクワクしているとも言えます。

もちろん重症の人なんて来ない方がいいものです。
みんなが病院なんて来なくなるくらい元気なのが一番です。
元気になってほしいと思って医療従事者はがんばるわけです。

でも人間って怖いモノ。
変化のない日常には飽き飽きしてしまいます。
毎日同じパターンの疾患や訴えに遭遇していると、退屈してくるのですね。
厳密に言えば同じパターンなんてないけれど、脳ミソは結構大雑把です。

人間って本質的に、自分の能力をフルに使ってみたい生き物です。
夢中になれるものを見つけて、自分の可能性を広げていきたいと思うのです。

外科のドクターに聞いたことがありますが、オペの時はもの凄い集中力と、エネルギーを投入します。
困難なオペを美しく仕上げたときは、エクスタシーにも近い感覚を味わうそうです。
それによって多くの命が救われているわけですし、良しとか悪しというわけではありません。

ただ医療に限らず、自分がやりがいを感じることの方向性がどこを向いているのか、
やりたい、欲しいと思う欲求がどこから来ているのだろうかと疑問を覚えてしまいます。
自分の中から湧き上がる欲求が、本当に自身が心から望むものであり、
その欲求から生まれる行動が果たして時代の方向性、ニーズに一致しているのでしょうか。
人間って目の前の出来事に条件反射的に走っていることがほとんどのような気がするのは私だけでしょうか。


陰謀論とか社会システムの裏側を知っている人たちは、世の中がコントロールされているのだから仕方ないというかもしれません。
でも仮に今の社会を支配している人たちがいなくなったら、世の中はもっとうまく回るのでしょうか。
代わりに誰か出てきて、結局同じようなことになる気がします。
色んな国、人種、時代があって、それぞれに特徴がありますが、人間という共通点からみれば、人間の機能って昔から変わっていません。
それに社会の色んな活動も、ただ利益を生むだけではなく、福祉や環境などの社会的貢献度がなくては企業も国も立ち行かなくなってきています。

本当に一人ひとりが、自分の心からの欲求、やりがいに出会い、それが人のため、社会のため、時代の流れと繋がる循環を起こすには、人間そのものが変わらないともう限界ではないのかなと思います。


社会や時代と繋がった、というと、そんなでっかいことって言われることもあります。
特に女性は身近なことに意識がいきやすいので。
でも、イヤでも私たちは社会の中で生きているし、時代は常に変わっていきます。
それならその流れに対応していかなければ、結局うまくいきません。
どうせ考えるなら、一番でっかいところから考えた方が楽じゃないでしょうか。
急がば回れっていいますしね。

何にしろ世界はどんどん境界線が取っ払われて、繋がらざるを得ない状況になってきています。
今のワカモノ世代はネット環境が当たり前すぎて、一昔前に比べて情報量がケタ違いだし、世界がより身近になっています。

これはもう世界が一つにまとまっていくしかない状態です。

あとは人間の心の境界線だけではないでしょうか。

これが一番硬くて難しいですが、ここを突破しないともう社会が回っていかない段階まできています。
心の境界線を突破できたらすごい時代になりそうです。
こんな面白い時代に生まれたことに感謝感謝ですね。

2014年2月16日日曜日

オリジナル日本

http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/03/hyakuda-naoki-tochijisen_n_4720105.html

"永遠の0"でよく知られる百田尚樹氏。
著書の"海賊と呼ばれた男"が私は大好きで、ブログに感想を綴ってしまったほど感動しました。

百田さんの発言が取りざたされていますが、
日本の歴史に詳しい人ならば百田さんのように思っている人はたくさんいるのでしょうね。
百田さんだけでなく、安倍政権の歴史修正主義も同じだと思います。

確かに日本の観点から観たら、百田さんの主張も、安倍政権の方針も正しいと言えるのでしょう。
でも、正しかったとしても、じゃあそれでどうするのって思うわけです。
だってどう考えても、その先に日本が世界と仲良くなれる道が見えないのですよ。
絡まりまくっている色んな問題を解決できる糸口が見えません。

正しいとか正しくないとか、そこから出発してしまっては何の問題も解決できないと思います。
だって観点が変われば、◯×、良し悪し、好き嫌い、全て変わってしまいます。
だからまずは自分の持っている主義・主張、モノの観方を一度手放さないとダメじゃないかなと思うのです。

日本は世界に類を見ない文化をもった国ですし、その日本の特性はこれからの時代に間違いなく欠かせないものだと私は思っています。
日本人が海外に行くと、現地の人たちととても仲良くなってしまいます。
でも国単位で見た時には争いが絶えません。
韓国や中国がなんやかんやと言ってくるのは、国の政策上必要なところもあるし、何よりアメリカがそうさせている背景があります。

中世のヨーロッパでのルネサンスに始まり、今の世界のシステム、価値観などは西洋が中心となって創ってきたものです。
フランス人権宣言や産業革命、学問の発達などによりここまで社会が発展してきました。
今では個人が世界中に簡単にアクセスできるし、地球を超えて宇宙にまで出ていけます。
さすが西洋の論理性、合理主義。
ありがとう〜なのですが、
同時にたくさん問題が生まれ、今だ解決するメドがたっていないことも事実です。

環境問題、心身の病気、情報の大氾濫、格差社会、少子高齢化、教育の限界、共同体の崩壊、雇用問題、資本主義の限界、等々。
あげたらキリがありません。

何より自分自身に対して自信や確信がもてないし、
その状態で人と出会っても、不信や不安、恐怖、ジェラシーといった感情に心が忙しく、
本当の出会い、疎通交流ができません。

そんな中で、東洋の流れを一番濃く受け継いでいる日本が持つ役割って大きいと思うのです。

最近、ちょこちょこと歴史を学ぶ機会があったのですが、
日本って地理的な要因などから良くも悪くも外の世界との交流が少なかったのですよね。
その分、世界の常識とかけ離れているところが多いけれど、何やら無邪気さがあるというか。
大陸国は常に戦争状態だったから、警戒心や緊張感が根深いし、相手のことを思いやる余裕なんてなかったわけです。
それを思うと、日本は出会いや変化に対して、警戒心とかってそんなにないですよね。
そして閉鎖的な分、周りとの関係性が大切になるし、細かいことが気になるようになっていきます。
相手を受け入れ、察することのできる心が育ったのはそんな背景があったわけですね。

だから過去の歴史の正当性を証明することに必死になるのは、
そろそろやめようよ〜と思うわけです。
欧米のマネだけじゃなくて、欧米もアジアも包み込めるオリジナルの日本主義を創るのがカッコイイじゃないですか。

今はまさしく時代の分岐点。
これからどんな日本、世界を創っていきたいか、どんどんイメージを深めていきたいと思います。